
◇目次
❚正義の名のもとに
私は、強い。
幼稚園のころから、友達が、他の子におもちゃを取られたり、いたずらされたら、皆、私のところに来た。
そんなことするのは、大体、男の子だった。
なぜか?
そんなの、決まってる。
私は、手加減の知らない子供だから、何十倍返しでも、できるからだ。
先生が優しく、しっかりと目を見ながら
「こら、ダメだよ。そんなことしないの。ごめんなさいしようね。」
なんて言われて。横で、反省なんて全くないまま、先生にダラダラ引っ張られるように来たかと思えば、
「ごーめーんーねー」
とか、言われたときには、イノシシみたく突進して、泣かしてやりたくなるんだ。
泣きながら、悔しい思いでそんな茶番を見てるより、私のゲンコツ一発食らって泣きわめく姿を見るほうが、よっぽど気持ちがスカッとするにきまってる。
私のゲンコツは、正義の名のもとに下されるのだ。
って言いたいけどね。でもね、本当はね、気分もある。でも、そのときは、謝るよ。ときどきね。
幼稚園に入園してからも、小学校に入学してからも、ゲンコツは、変わらずに振りかざされた。
❚消しゴム教育
小学校、私は1年1組だった。
ある日、同じ幼稚園から上がってきた4組にいる友達が、私のクラスに走って、入ってきた。
私を見つけるなり、怒りに震えながら、私の腕を引っ張った。
「来て!!!(同じ4組の)エイちゃんが、泣いてるの!」
とりあえず、走った。
…エイちゃんが、誰かも知らないけど。
走りながら、友達が叫ぶように言った。
「私のクラスの男の子がね、エイちゃんのいい匂いする消しゴム取ったの!!!それでね、食べたんだよ!!返してくれないんだから!」
なんだと!消しゴムを食べた?!
きっと、消しゴムは噛んでもいいけど、食べちゃダメなんだって、お母さんに教わらなかったんだ。私の家の猫ですら、食べちゃダメって教わってるのに。
1組から、4組までは、かなり距離があった。廊下を走っちゃいけないんだよ!先生に怒られるよ!誰か叫んでる声がするけど、今は緊急事態なんだ。しょうがないの!心の中で言い訳しといた。
私たちは、4組まで、一生懸命走った。
❚仮か、狩りか
誰がエイちゃんか、すぐわかった。
4組の女の子ほぼ全員の真ん中で、泣いてる子だ。
ドーンと4組のドアから入って、仁王立ちして、獲物を探した。
「あの子!!」
私の友達が、怒りを含めて、指さした。
一番後ろの席で、何人かの男の子たちと一緒にいる。
あいつか。
私より2倍はデカい、ちょっと太った色白の、男の子だった。
見るからに、意地わるそうな顔をして、このクラスのボスであることを知らせるかのようにドカンと一人座っている。
「人に指さしちゃ、いけないんだぞ。」
周りの取り巻きと一緒に、クスクス笑いながら、私たちをみた。
「お前、こけしちゃんだろ。俺のねーちゃん六年生だから、知ってるんだぞ。」
だからどうした。この、サルめ。
消しゴムじゃなくてバナナでも食べとけ。
頭の中で、家では決して言えない(お父さんにも、お母さんにも、怒られるから)悪い言葉があふれていた。
高学年に兄姉がいると、まるで鋼の鎧でも着込んだ王様みたく、当たり前に守ってもらえると勘違いするヤツがいる。この男の子は、きっとそれだ。
私は、このボスザルみたいな男の子の前にズカズカ歩いて行った。周りのほかの男の子たちは、そっと離れていったので、私は、このボスザルみたいな男の子の真正面に、立った。
「消しゴム。返して。それと、ごめんなさいして。」
「は?お前のじゃ、ないじゃん。」
切れた。
私は短気だ。
喧嘩が、強い。
喧嘩が強いから、喧嘩が好きだ。
だって、勝つと気持ちがいいから。
一瞬だった。
こういうのを、場慣れというんだ。
その男の子の胸ぐらを掴んで、無理やり引っ張りよせて、右腕大きく振りかぶって、こめかみを思いっきりぶん殴った。
その男子は、床に、倒れこんだ。椅子は倒れて、大きな音を立てた。
「謝れ!!!!!!!」
何人かが、キャーって叫んだから、私の叫びはそんなに大きく聞こえなかった。
涙目で、必死に泣かまいと唇プルプル震わせている。殴られたところを抑えながら、床に倒れた、男の子。
この一瞬で、どっちが強くて、誰が、ここのボスか分かったようだ。反撃してこない。だてに、自慢のお姉ちゃんがいるわけじゃないようだ。上下関係を、しっかり学んでいる。
誰も、このボスザルのために、応戦に入らない。
こういう時、本当の友達かどうか、ハッキリわかるんだ。
❚ジンジンする
私は仁王立ちして、キッと睨みながら、友達のいない、この一人ボスザルを睨んだ。
「消しゴムは?出して。」
まだかなり、痛むのだろう、涙目で、ズビズビ鼻をすすっている。当たり前だ。私の手だってまだ、ジンジンしてる。思いっきりやり過ぎた。
ポケットから消しゴムを出した。端っこは欠けて、歯形がくっきり残っている。
私は、女の子たちの塊に手招きして、エイちゃんを呼んだ。数人と一緒に、私の隣に来た。消しゴムを、直接エイちゃんに受け取らせたかった。
さみしいボスザルを、見下ろした。
「言うことは?」
沈黙。
「おい。」
さっきより、怖い声を出してみた。
とんだ、ヤクザだ。
「……ごめん。」
消しゴムを受け取りながら、エイちゃんは、「…いいよ。」って言った。
4組の先生が走って入ってきた。
「何してるの!!!!!」
幸いにも一年生は一階で、4組は、二階の職員室から一番離れていた。4組の先生は、一番おばちゃんで、太った先生だったから、来るのが遅れたんだ。
ラッキーだ。
「あのね!エイちゃんがね、消しゴムをね、取られてね…」
「男子がいけないんだよ!!だって…」
「始めに、エイちゃんの消しゴム取ったんだよ!それで…」
一斉に女の子が口を開いて、我先にと、この現状を先生に、説明しようとした。まさに、ピーチク、パーチク、親鳥を待っていた小鳥たちみたいだった。
男子も負けじと、ピーチク、パーチク、言いはじめた。
「こけしちゃんがね、来たんだよ!それでね、バーンてね…」
「女子が、他のクラスのこけしちゃんを、呼ぶから…」
「あのね、先生、あのね…」
「わかったわ。わかったから…」
先生は、走ってきてヒーヒー言いながら、頭を抱えてる。
私は、このクラスにそれほど友達がいなかった。体育で被ることもないし、エイちゃんだって、知らなかった。ここで私の名前を知る子は少なかった。
「あなたが、こけしちゃんね?何組かしら?」
私は、ここでも、こけしちゃんになった。
まだ、手がジンジンする。
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